なんで私がブラウンに!?〜ブラウン大学留学記〜

純ジャパとして生まれ育ち、大学1年の秋に一念発起して米国大学への学部留学を目指す。そして、2011年秋から東海岸のアイビーリーグ校、ブラウン大学への編入を果たした筆者の奮闘記。今回が人生初の長期留学ですが、何とか生き抜きます!!われ日本の魁とならん。
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# 多忙という病。セネカ「生の短さについて」
中間試験後の久々の余暇を、セネカ「生の短さについて」を読んで過ごす。
注1)この文章は雑感なので、特に留学とは関係ありません。
注2)文中にページ付きで引用されている部分は、セネカ著大西英文訳「生の短さについて」(岩波文庫)をもとにしています。


「トモ、それは病気だよ。直さなきゃ。」とブラウンの友人に初めていわれたのはいつのことだったか。


多忙という病。


ブラウンへの入学が決まってから、一年が過ぎた。
たくさんの経験をした。「生活が一変する」とは、こういうことかと思う。

TFJで教師をした。

祖父の葬儀を仕切った。

留学前のひと月を教習上に日参して、免許を取った。

英語ができない不安に悩まされ、渡米直前にカナダで2週間語学学校へ行った。

ブラウンへ入学、まったくついていけない。聞き取れないし、伝えられない。貢献できない。

一学期が終わって持った感想は、「自分はゼロ以下」(”I’m less than nothing.”)だった。

不安と絶望を胸の奥にしまい込んで、初めて留学説明会を開き、記事を書いた。
自信満々に語りながら、このまま終わってしまうのではないかと危惧していた。

いろんな人に出会った。挑戦のために、リスクを取った自分を讃えてくれる人もいた。
ある人から、「学問のための学問なんて役に立たないんだから、大学時代は学費を自分で稼いで親孝行でもして、考えればいい。」といわれたのが、どうしても悔しかった。
なぜ悔しいのかはわからない。ただ涙がはらはらと流れて、「自分はまず学問で勝負するつもりです」と答えるしか無かった。
でも、そんな自信も実力もどこにも無かった。

第二学期が始まった。今期は留学生の宿敵、歴史も待ち構えている。
授業、ますますわからず、リーディングも増える。
教授とTAのオフィスアワーに通い詰める。
不出来な自分の質問にいつまでも答えてくれる、一人の人として向き合ってくれる彼らの存在に、僕はなんと恵まれているのかと落涙した夜は一夜ではない。

だから、できるまでやると決めた。
できないのは、できないうちにやめてしまうからだと思った。
少しずつ、進歩が見えてきた。
できないなりに、なんとか生き延びる道が見えてきた。
3.11の企画が本格化した。
連日、大量の宿題を抱えて、何時間も課外活動に費やした。

もう無理だ。何度思ったかわからない。
一緒にプロジェクトを率いる親友に言われた。
「トモ、勉強もプロジェクトも全部やろうぜ。だって、俺たち楽しいからやってるんだろ。」
最後になんとか踏ん張りきった。企画も試験も、なんとかなった。

徐々に、コミュニティーができていくのがわかった。
友人の輪は広がり、学部の教授とも信頼ができ、次第にブラウンは自分のホームになっていく。

帰国してしばらくすると、成績が開示された。
悲願のストレートA。

夏休みに一時帰国する3週間を僕は目一杯使った。いや、埋めた。
やりたいことは山ほどある。

友人たちとの再会ほど楽しいことはない。

学部留学をもっと広めたい、4回の説明会と講演会を開いた。取材も受けた。

時間の許す限りを、人と過ごした。いろいろな相談にも乗った。

興味のある人には事前にアポイントを入れて、話を聞きにいった。

お世話になった方々への挨拶もした。

ブラウンの友人と1週間旅行した。東京中を駆け回り、箱根の山道を20キロ歩き、名古屋で説明会、伊勢では4時起きで早朝参拝もした。広島まで行って、とことん日本を見せきった。

あっという間の3週間。本当に充実していた。


本当に、それが僕の望む生なのだろうか?


「忙殺される何か新たなものが古いものに取って代わり、期待が新たな期待を刺激し、野心が新たな野心を目覚めさせる。不幸の連鎖を断ち切る終わりが求められるのではなく、始まりが変わるだけなのである」(「生の短さについて」p57)

こんなに沢山のこと、それも有意義なことをしているはずなのに、砂を食むような虚しさが胸を突く。
のどの渇きに似た、強烈な不安と焦燥、抑えがたい衝動。

人と会うのは楽しい、でも気づけば疲れ果てている自分がいた。

無限に思える機会の前で、てんてこ舞いする自分がいた。

時間という資源の希少性を忘れ、選択をためらう自分がいた。

気づけば、焦りから逃れるために、スケジュールを埋めていた。

帰国した20日間、家族と共にした食事は片手にも満たない。

大切な友人からの、心配のメールにさえ、返信を怠った。

心躍る読書と思索の時間は、プレゼンの準備に消えていった。


「自分の金を他人に分けてやりたいと望む人間など、どこにもいない。ところが、自分の生となると、誰も彼もが、なんと多くの人に分け与えてやることであろう。」(p16)


人のために何かをすることは、それ自体決して無意味ではないと僕は信じる。


だが、そこであたかも自分には無限に時間があるように思い込んで、ただ断るのが申し訳ないために、あるいはただ、機会を逃すのが惜しい気がするために、自分のための勉強と思索の時間を安易に手放してはならないのだ。
常に心の中で機会費用を天秤にかけ、決断しなければ時間はいたずらに自分のもとから去ってしまう。


では、自分のために生きるとはどういう意味なのか。


「すべての人間の中で唯一、英知(哲学)のために時間を使う人だけが閑暇の人であり、(真に)生きている人などである。」(p48)


慶應での1年間、僕は悩み抜いた。
衝動の赴くまま人に会い、数百冊の本を読み漁り、いつも物足りなそうな顔をして、自分の将来について考えた。
今の自分には無い、もっと素直で切迫した好奇心と貪欲さがあった。
「この本を読まなければ死んでしまう」そう思って本を読んでいた。

人類の長い歴史の中で傑出した思想家の著述、美しい文学、起業家の気焔。
著者の人生に想いを馳せ、思想をひもとき、そこからなにがしかの教示を得ようとしていた。
いつの時代の人でも、何か問題意識や苦悩を持っている。
それはしばしば、現在の世界にも、自分ひとりの人生にも当てはまる。
この賢人ならどうするだろう、と自分に問い続けて僕は留学を決意した。


「彼はまた、あらゆる時代を自分の生涯に付け加えもする。彼が生を受ける以前に過ぎ去った過去の年は、すべて彼の生の付加物となる。」(p48)


「一人の本を読むことは、その人の人生を一緒に生きることだ。自分ひとりの短い一生で、何人分もの人生を生きることができる。だから、人は一生勉強し続けなければいけない。」
なぜ勉強しなければならないのかと問う幼い自分に、そう祖父は言っていた。


「時が今としよう。賢者はその今を活用する。時が未だ来らずとしよう。賢者はその未来を予期する。賢者はあらゆる時を一つに融合することによって、自らの生を悠久のものとするのである。」(p52)


人類の歴史に顧みて、今を想い、未来を描くこと。
それが今僕が本当にしたい勉強なのだ。
走り続けるのだからこそ、考え続けなければならない。

北京での語学研修の中休みに記す。
| comments(2) | trackbacks(0) | 13:35 | category: - |
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コメント
オレも同じようなことになっていたよ。チームを統括する立場として、みんなが余裕もって仕事できるようにとしていたら自分のキャパをオーバーしていた。ミーティング中に寝落ち。ありえない。こんな生活じゃ自分がつぶれると思いました。
初めて自分の限界点に達した。身体は嘘をつかないね。

自分の管理をする難しさを君のブログを読んで改めて感じました。
ありがとう
| みしまけんじ | 2012/07/13 12:36 PM |

けんじ、コメントありがとう!
時には無理もしなきゃいけないけど、お互い一歩一歩頑張ろう!
応援してます!
| tombear | 2012/07/17 4:58 PM |

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