なんで私がブラウンに!?〜ブラウン大学留学記〜

純ジャパとして生まれ育ち、大学1年の秋に一念発起して米国大学への学部留学を目指す。そして、2011年秋から東海岸のアイビーリーグ校、ブラウン大学への編入を果たした筆者の奮闘記。今回が人生初の長期留学ですが、何とか生き抜きます!!われ日本の魁とならん。
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# 新しいブログの紹介
【ブログ読者の皆様へ:最新ブログのご案内】
 
2011年の夏から1年にわたって続けたこのブログが、今も毎日数百人の方々にみて頂けていると知り、正直驚いています。

長期間ブログを放置してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、正式にこのブログの休止宣言と、新しいブログの紹介をさせて頂こうと思います。
 

 
ブログ「ブラウンの熊たち」


前回の更新があった2012年の9月から、ブラウンにやってきた才能あふれる後輩たちと、「ブラウンの熊たち」という留学情報発信プロジェクトを立ち上げました。

ここでは、ブラウン大学に通う現役生の記事が毎日更新され、留学ブログランキングでも一位を記録したほか、メンバーによる全国10都市での説明会ツアーは、日経新聞、朝日新聞をはじめ全国メディアでも報じられました

自分一人でできることは限られている分、こうした学生団体を通した取り組みを今後も続けていければと考えています。
 

このブログをご覧になって、もっと留学について知りたい!と思われた皆様はぜひ、「ブラウンの熊たち」を訪れてみてください!

FBやTwitter、コメントページからはご質問もお受けしております。
 
 
 

留学の先にあるもの


現役学部留学生による「等身大の留学生活」を伝える活動の輪は2013年の秋から後輩たちのリーダーシップでどんどん広がっています。

一方で、自分の大学生活も残すところ1年となり、いよいよ卒業後の進路に向けて舵を切らねばならない時期がやってきました。

学生活動家としてのプロジェクト立ち上げや、スタートアップ、戦略コンサルでのインターンなどを通して、自分の情熱はビジネスの手法と知見で社会問題の解決に取り組む「ソーシャルアントレプレナーシップ」にあるとつい最近気がつきました。

 
目標を達成する第一歩として、この夏はアショカのワシントンDC本部でインターンをしています。

「ソーシャルアントレプレナー」という言葉を30年以上前に造語し、全世界に3000以上のフェローを持つアショカは、世界最大の社会起業家ネットワークです。

幸運にも、Social Financial Serviceという、市場や金融の力を使って社会問題の解決に挑む部門にMBA枠で入れてもらい、今はもう一人のインターンと新しいプロジェクトを立ち上げています。

上手くいけば、全世界のソーシャルアントレプレナーに読まれるかもしれないレポートで、日々緊張しながらも、DCの地の利を活かして飛び回っています。
 

具体的な進路は、まださっぱりわかりません。

一日も早く実戦で仕事をしたいという思いはありますが、社会人としての基礎的な足腰を鍛えることも大切だと感じています。

この一年は、さまざまな機会を自分の足で掴みにいきながら、難しい決断をすることになるだろうと思います。
 

僕は、こうして海外で自分の情熱を追求する度に、留学して本当に良かったと思っています。
でも、留学しただけでは人生は変わりません。

常に新たな挑戦の場を求め、自ら行動を起こしていく姿勢があった結果として留学しただけで、留学すれば進路に何の心配もなくなる訳ではありません。


可能性が広がった分だけ、自力で行動して決断しなければいけない部分が増えたからです。


今の自分は、ちょうど4年前に慶應でくすぶっていたのと同じ、一度自分の修行の場を自分で生み出さねばならない立場におかれています。
 
挑戦し続けるためには、どん欲にそうした環境を自分の周りに創り出すことが必要です。

新しいブログでは、留学体験という枠を越えて、留学の先に何があるのかについて、書いていこうと思います。
こちらもどうぞ宜しくお願いします。
 
ブログ "Zeitgeist"
Twitter:@tombear1991
 
2014年6月吉日 筆者
| comments(0) | trackbacks(0) | 04:39 | category: - |
# 天津旅行記1
PiBの前期と後期の間の3日間、一人で天津旅行に行ってきた。
新幹線で北京から30分。クラスメートからは「一緒にパーティーハードでNight lifeをエンジョイしよう!」と誘われるも、それではアメリカとまるっきり一緒なので、「もうチケット買っちゃった」とその場を辞して一路天津へ。
 



租界の美しさ「洋気」解放北路と五大街

解放北路の金融街



旧横浜正銀天津支店(現中国銀行)@解放北路
·  
歴史的な建造物群は、特殊保護、重点保護、一般保護の3種類に分類される。



五大街入


 歴史ある建物を利用したおしゃれなカフェ
·      

軍閥の将軍や革命の英雄たちが暮らした五大道


西開教会


新築のビルでさえこのクオリティ!


にぎやかな夜の天津(音楽堂前)


洋食レストランも大盛況。中国にいるのを忘れそうになる。



歴史に磨かれた美しさ
天津のこうした建築群は、戦間期には帝国主義を押し進める列強の暗躍の舞台であった。

第二次大戦後、資産階級の弾圧が強まると、新政府に接収された建築は、いったんは人々の日常の場として、ある意味忌まわしい過去の象徴として、粗雑に扱われてきたのである。

つい最近まで、中央政府は天津の「西洋化」された土地柄を警戒して、北京から列車で30分ほどの距離にあるこの隋代から続く港街を経済発展から意図的に遠ざけてきた。

天津の華麗で繊細な街並みにとっては、改革開放にともなう中国のあまりに急激な発展から取り残されたことが幸いしたのかもしれない。

上海の旧租界のあちこちに、 新しい建物が続々と現れて風情を台無したことを思うと、図らずも時代の波から守られて、西洋と中国の文化が入り乱れて独特の光彩を放ちつづけるこの都市がどれほど貴重なことだろう。

自分が100年前の天津にいたら、などと想像を膨らませながら散策する。






天津時代の溥儀が暮らした邸宅「旧静園」

天津と日本を結びつける建物の一つ、静園は日本の傀儡となった後の清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀が住まいとした。

かつては民家として使用されていたが、天津市が2000年過ぎから文化財の保護に乗り出し、約一年の修繕を経て2007年に公開された。

壁にかかる「千秋弘遠 静園浩然」の額は溥儀の親筆である。

解放路に見えるイカツイ石造りの銀行でも、壮麗なレンガ造の大楼でもない、いかにもゆったりとしたたたずまいは、華美に陥らず、落ちぶれず、落ち着いた威容を保っている。

退位後の皇帝が日夜要人と面会し、清朝の復活を画策した静園には、居住部分の他に執務室や面会室があり、復元された部屋を観覧することができた

一階のひときわ広い応接室に入ると、上座にいる皇帝の席の目に入る真正面に「乾坤正氣」(セイキ:万物の根元となる、正しく大きい大地の気。「漢字源」より)と大書した軸が、まるで溥儀自らを戒めるように、掛けられていることに気がつく。

退位後も傀儡として革命政府の手の及ばない天津の租界に逃れ、権益の保全と拡大を目的に彼を利用しようとする列強の思惑に翻弄された溥儀にとって、孤独な精神を慰め心の平安を守るのがどれほど大変であったかは想像に難くない。

| comments(1) | trackbacks(0) | 18:08 | category: - |
# プリンストン大中国語研修@北京


Princeton in Beijing

秋学期が始まる9月初旬までの3ヶ月、多くの学生はインターンシップや、大学での研究、留学、旅行、ボランティアなどをして過ごします。

日本の一般的な大学よりもやや長めの休暇ではありますが、「第三の学期」といわれることがあるように、何もせずに夏休みを過ごす例はごくまれで、自分の友人の多くもヨーロッパやアジア、アフリカ、南米などなど世界中に散っています。

この夏、自分は北京で8週間の中国語特訓プログラム(Princeton in Beijingに参加しています。

このプログラムに参加する理由は、大まかに3つ
 \豺兇任△觜餾欖愀験悗韮廓以上の語学が必修であるため
∧堝で1年在学期間が短い分を追いつくため
 D垢げ撞戮澆巴羚餮譴鯔困譴襪らいなら、短期でがっちり特訓して進歩したい


特に△砲弔い討蓮△海裡現鬼屬離廛蹈哀薀爐蓮▲屮薀Ε鸞膤悗任涼羚餮譯映分単位として認定されるため、9月にブラウンに帰ったときには3年次からクラスを再開できるようになります。

ともすれば2年生からの3年、つまり4年生まで中国語を勉強しなければならない編入生の自分には特にオイシイ話です。

4年生の論文を書かねばならない時期に毎日かなりの時間を取られる語学をするのは苦痛ですし、何よりその論文を書き上げる際に中国語の文献を多数引用しなければならないので、3年生のうちにそれなりの中国語力をつけておく必要があるのです。



Princeton in Beijingの特徴


8週間中国語のみ
家族との連絡などをのぞき、英語や他の言語を話しているのを見つかると、プログラムを強制的に退学させられます。

入学式で法的文書にサインすることを求める念の入れよう。
※本当に退学になる人は例年1人くらいいるらしい。


学生と教師は2対1以下
大班と呼ばれるクラスでさえ、5対1、午後には毎日個別で1〜2時間のセッションがあるほか、週二回、先生と他の学生2人と昼食に行くというイベントもあります。もちろん会話はすべて中国語。

また、毎日夜2時間ほどのオフィスアワー(毎晩通ってる)もあり、そこでは心行くまで質問や発音の練習ができます。
まさに語学学習者の天国!



会話力重視&みんな優秀(汗)
プリンストン大学が主催するこのプログラムはアメリカの大学が主催する語学プログラムとしては最難関と呼ばれています。(と先生はいつも言っています)

このプログラムの目的は、「正確な」中国語の習得、特に本物の中国人と変わらない正確な発音で、流暢に会話をすることです。

例えば、このプログラムの入学試験では、学生は簡単なエッセイの録音を提出しなければならず、発音の善し悪しで合否が決まります。


アメリカ人に中国語ができるのか?
「え、アメリカ人とか漢字かけないでしょw日本人余裕だなw」自分もそう考えた時期がありました。


大間違いでした。


基本的に夏休み2ヶ月を中国に費やそうとする学生は、並の情熱でやってはいません。
一日最低でも50、しばしば100近い単語を覚えて(もちろん漢字と拼音)、10〜20ほどの文法をすべてマスターして、毎朝の試験に臨みます。
毎週の金曜日には一週間の総まとめテストもあり、連日しっかり勉強しないとすぐに取り残されてしまいます。

考えても見れば、英語を母国語としても、中高でスペイン語やフランス語、ラテン語など複数言語をしゃべれるが大半。
彼らに取っては、また新しい言葉やるのかくらいのものでしかないようです。


日本人は、外国語をしゃべるということに、あまりに抵抗感がありすぎるのではないでしょうか。


学校の英語の先生に、「英語しゃべれますか?」と聞いて、自信をもって「しゃべれる」と答えられる人が何人いるでしょうか。

※悪いのはペーパー偏重の入試制度であって先生一人一人の責任にするには大きすぎます。先生方は、社会の需要(いい大学に息子/娘を入れて!)に答えているだけです。


言語は試験のためではありません、コミュニケーションの道具です。

伝えるためにあるのに、会話という最も基本的なコミュニケーションに及び腰になる理由はどこにもありません。

ちょっと勇気を出して、旅行のときや留学生と会ったとき、外国語でトライしてみてはどうでしょうか?

話し始めない限り、絶対にはなせるようにはならないのですから。





今週からプログラム後半に突入、本当にあっという間です。

期末後の中休みは、気分転換に一人で旅行にも行ってきました。これについてはまた別の記事で。


| comments(0) | trackbacks(0) | 06:58 | category: - |
# 多忙という病。セネカ「生の短さについて」
中間試験後の久々の余暇を、セネカ「生の短さについて」を読んで過ごす。
注1)この文章は雑感なので、特に留学とは関係ありません。
注2)文中にページ付きで引用されている部分は、セネカ著大西英文訳「生の短さについて」(岩波文庫)をもとにしています。


「トモ、それは病気だよ。直さなきゃ。」とブラウンの友人に初めていわれたのはいつのことだったか。


多忙という病。


ブラウンへの入学が決まってから、一年が過ぎた。
たくさんの経験をした。「生活が一変する」とは、こういうことかと思う。

TFJで教師をした。

祖父の葬儀を仕切った。

留学前のひと月を教習上に日参して、免許を取った。

英語ができない不安に悩まされ、渡米直前にカナダで2週間語学学校へ行った。

ブラウンへ入学、まったくついていけない。聞き取れないし、伝えられない。貢献できない。

一学期が終わって持った感想は、「自分はゼロ以下」(”I’m less than nothing.”)だった。

不安と絶望を胸の奥にしまい込んで、初めて留学説明会を開き、記事を書いた。
自信満々に語りながら、このまま終わってしまうのではないかと危惧していた。

いろんな人に出会った。挑戦のために、リスクを取った自分を讃えてくれる人もいた。
ある人から、「学問のための学問なんて役に立たないんだから、大学時代は学費を自分で稼いで親孝行でもして、考えればいい。」といわれたのが、どうしても悔しかった。
なぜ悔しいのかはわからない。ただ涙がはらはらと流れて、「自分はまず学問で勝負するつもりです」と答えるしか無かった。
でも、そんな自信も実力もどこにも無かった。

第二学期が始まった。今期は留学生の宿敵、歴史も待ち構えている。
授業、ますますわからず、リーディングも増える。
教授とTAのオフィスアワーに通い詰める。
不出来な自分の質問にいつまでも答えてくれる、一人の人として向き合ってくれる彼らの存在に、僕はなんと恵まれているのかと落涙した夜は一夜ではない。

だから、できるまでやると決めた。
できないのは、できないうちにやめてしまうからだと思った。
少しずつ、進歩が見えてきた。
できないなりに、なんとか生き延びる道が見えてきた。
3.11の企画が本格化した。
連日、大量の宿題を抱えて、何時間も課外活動に費やした。

もう無理だ。何度思ったかわからない。
一緒にプロジェクトを率いる親友に言われた。
「トモ、勉強もプロジェクトも全部やろうぜ。だって、俺たち楽しいからやってるんだろ。」
最後になんとか踏ん張りきった。企画も試験も、なんとかなった。

徐々に、コミュニティーができていくのがわかった。
友人の輪は広がり、学部の教授とも信頼ができ、次第にブラウンは自分のホームになっていく。

帰国してしばらくすると、成績が開示された。
悲願のストレートA。

夏休みに一時帰国する3週間を僕は目一杯使った。いや、埋めた。
やりたいことは山ほどある。

友人たちとの再会ほど楽しいことはない。

学部留学をもっと広めたい、4回の説明会と講演会を開いた。取材も受けた。

時間の許す限りを、人と過ごした。いろいろな相談にも乗った。

興味のある人には事前にアポイントを入れて、話を聞きにいった。

お世話になった方々への挨拶もした。

ブラウンの友人と1週間旅行した。東京中を駆け回り、箱根の山道を20キロ歩き、名古屋で説明会、伊勢では4時起きで早朝参拝もした。広島まで行って、とことん日本を見せきった。

あっという間の3週間。本当に充実していた。


本当に、それが僕の望む生なのだろうか?


「忙殺される何か新たなものが古いものに取って代わり、期待が新たな期待を刺激し、野心が新たな野心を目覚めさせる。不幸の連鎖を断ち切る終わりが求められるのではなく、始まりが変わるだけなのである」(「生の短さについて」p57)

こんなに沢山のこと、それも有意義なことをしているはずなのに、砂を食むような虚しさが胸を突く。
のどの渇きに似た、強烈な不安と焦燥、抑えがたい衝動。

人と会うのは楽しい、でも気づけば疲れ果てている自分がいた。

無限に思える機会の前で、てんてこ舞いする自分がいた。

時間という資源の希少性を忘れ、選択をためらう自分がいた。

気づけば、焦りから逃れるために、スケジュールを埋めていた。

帰国した20日間、家族と共にした食事は片手にも満たない。

大切な友人からの、心配のメールにさえ、返信を怠った。

心躍る読書と思索の時間は、プレゼンの準備に消えていった。


「自分の金を他人に分けてやりたいと望む人間など、どこにもいない。ところが、自分の生となると、誰も彼もが、なんと多くの人に分け与えてやることであろう。」(p16)


人のために何かをすることは、それ自体決して無意味ではないと僕は信じる。


だが、そこであたかも自分には無限に時間があるように思い込んで、ただ断るのが申し訳ないために、あるいはただ、機会を逃すのが惜しい気がするために、自分のための勉強と思索の時間を安易に手放してはならないのだ。
常に心の中で機会費用を天秤にかけ、決断しなければ時間はいたずらに自分のもとから去ってしまう。


では、自分のために生きるとはどういう意味なのか。


「すべての人間の中で唯一、英知(哲学)のために時間を使う人だけが閑暇の人であり、(真に)生きている人などである。」(p48)


慶應での1年間、僕は悩み抜いた。
衝動の赴くまま人に会い、数百冊の本を読み漁り、いつも物足りなそうな顔をして、自分の将来について考えた。
今の自分には無い、もっと素直で切迫した好奇心と貪欲さがあった。
「この本を読まなければ死んでしまう」そう思って本を読んでいた。

人類の長い歴史の中で傑出した思想家の著述、美しい文学、起業家の気焔。
著者の人生に想いを馳せ、思想をひもとき、そこからなにがしかの教示を得ようとしていた。
いつの時代の人でも、何か問題意識や苦悩を持っている。
それはしばしば、現在の世界にも、自分ひとりの人生にも当てはまる。
この賢人ならどうするだろう、と自分に問い続けて僕は留学を決意した。


「彼はまた、あらゆる時代を自分の生涯に付け加えもする。彼が生を受ける以前に過ぎ去った過去の年は、すべて彼の生の付加物となる。」(p48)


「一人の本を読むことは、その人の人生を一緒に生きることだ。自分ひとりの短い一生で、何人分もの人生を生きることができる。だから、人は一生勉強し続けなければいけない。」
なぜ勉強しなければならないのかと問う幼い自分に、そう祖父は言っていた。


「時が今としよう。賢者はその今を活用する。時が未だ来らずとしよう。賢者はその未来を予期する。賢者はあらゆる時を一つに融合することによって、自らの生を悠久のものとするのである。」(p52)


人類の歴史に顧みて、今を想い、未来を描くこと。
それが今僕が本当にしたい勉強なのだ。
走り続けるのだからこそ、考え続けなければならない。

北京での語学研修の中休みに記す。
| comments(2) | trackbacks(0) | 13:35 | category: - |
# 震災に寄せて

2万人以上の方が犠牲になった3.11から一年が経ちました。

自分自身、震災のときは東京の自宅におり、あわててテレビをつけたのを覚えています。

かなり揺れたなとは思いながらも、NHKをみながら、阪神淡路大震災のよう二ビルがなぎ倒されていたり、高速道路が崩壊したりしていないのを確認して、胸を撫で下ろしました。

 

その一時間後にテレビに流れる津波の様子は、あまりにもあっけのないものでした。

津波が押し寄せる前を自動車が疾走している、渋滞で立ち往生したかと思ったら、次の瞬間には濁流のなかに浮かんでいる。

そこに人がいて、ひょっとしたら今その瞬間にも、生命が失われているのかもしれない。そう想像することさえ難しいほど、あっけない、無機的な映像が流れていました。

 

その後の政府や社会の混乱は、典型的な日本人の短所を示すものとして取り上げられ、一方で、実際に被災し生死を分つ困難に接した人々の忍耐強さ、やさしさ、といった高い精神性は世界中のメディアから度々賞賛されました。

配給の物資を待ち受けて何時間も一列に並んで待つ人々の姿、日本中から駆けつけたがボランティアが必死に泥かきをする姿、そこにある種の日本らしい美しさを見いだした人も多かったと思います。

 

それから数ヶ月後、自分は渡米し、ブラウン大学に入学しました。

なれない生活をなんとか生き延びようとしながらも、歴史的転換期を迎えている日本で何もできない、という無力感に苛まれ、果たして自分が日本人として何ができるのか、という問いが常に頭を占めました。

 

3.11を経験した日本人として、将来その意義を後世に語らなければならない。そして、海外にいて泥かきも炊き出しもできない自分になにができるのか。そうした想いから、冬休みには短期ながら石巻にも足を運びました。

 

ブラウンで何かできないか、そう考えた日本人は他にもいました。

ある先輩が、3.11の追悼講演をアメリカの大学でできないかと日本人会に提案したのです。

 

2012年4月、ブラウン大学をオーガナイザーとして、ハーバード大学、ミドルベリー大学、ダートマス大学、プリンストン大学で五日間にわたり、3.11の追悼講演が行われます。

ミッションは、アメリカで3.11について学生の意識を喚起すること。

日本で緊急支援を行う二つのNPOの代表が各校を訪問し、各大学が誇るアカデミアとともに3人の講演者がパネルを行います。学生や研究者向けの講座以外にも、大学のアジア関連の学生との懇親会や、学者との対談も企画しています。また、チャリティー活動として、学生のデザイン公募で決まったTシャツも販売します。

 

講演者は、

木山啓子 JN事務局長

神田望美 Power of Japan代表

 の2名です。

お二方ともに、現地で日々復興活動に従事される中で、一週間というまとまったお時間を頂き、講演をお願いしています。それに見合うだけのイベントになるようにするのは、我々メンバーの責務だと、イベントひと月前になって改めて気を引き締めています。

 

自分に今できることは限られています。

その中で、何ができるのか、苦難の中にあって人の真価が問われるとき、自分になにができるのか。

J.F.ケネディの"Ask not what your country can do for you - ask what you can do for your country"「政府が自分のために何をしてくれるのかではなく、今自分は国民のために何ができるのかを問うてみてください。」(拙訳)

という言葉を肝に銘じながら、残りひと月の準備を進めたいと思います。

 

最後に改めて、2011年3月11日の東日本大震災の犠牲となった方々のご冥福をお祈りいたします。

2012年3月11日 熊平智伸


公式ニュースhttp://news.brown.edu/pressreleases/2012/03/japan

公式ロゴ(ブラウンの学生がアート専攻のデザインし、公募で選ばれました)

チャリティーTシャツ(これもブラウンの学生とのRISD学生のコラボです)

| comments(2) | trackbacks(0) | 14:46 | category: - |
# 新学期始まる
 先月末から始まった授業も、いよいよ本格的にスタートしました。

今季は主に専攻である国際関係学(International Relations)の必修を埋めるため科目を取っています。
それでもやっぱり楽しくて仕方がありません。


1.中国語
先学期から始めた中国語は継続します。今年の夏は北京普通大学でのプリンストン大学主催の語学プログラムにも参加する予定です。目指せペラペラ!

2.アメリカと帝国主義
1890年代の米西戦争ごろから現在までのアメリカ史を学びます。言わずと知れたリーディングの多さ。毎週一冊+抜粋100ページといった感じです。しかも教授が日本人なのがまた面白い。

3.計量経済学
そのまま、統計などを用いて経済を計量するというもの。

4.マクロ経済学
慶應の1年生で履修したにもかかわらず、単位の都合でもう一度履修します。担当教授はEconomic Growth という講義で有名な先生で、学習したものを実際に当てはめてここ数年のアメリカ経済の分析もします。基礎科目、というより経済学好き向きな講義です。

5.物理学(S/C)
フレッシュマンセミナー(一年生向けの入門講座)ということでしたが、教授と交渉の末混ぜてもらうことができました。アリストテレスからニュートンまで、数々の哲学者や科学者がどのように科学(特に物理法則)に向き合ってきたか、という講義です。内容自体は高校でやった内容ですが、リーディングには歴史や哲学がしばしば登場する、今学期一番エキサイティングな授業です。そして、担当のクーパー教授は1976年のノーベル賞受賞者!!

※注1:「フレッシュマンセミナー」とは。。。
文字通り、新入生にだけ履修が許される特設科目。専門的な授業というよりは、それぞれの学部を代表する教授が、その学問特有の考え方やものの見方をおしえるという内容。

アメリカの大学はいわゆるリベラルアーツが主流で、ほとんどの高校生は大学に入ってから専攻を決めます。そのため、こうしていろんな科目に学生が触れられるように、大学としてもこうした科目を設置しています。少人数制のセミナーなので、教授とプライベートに相談できることもしばしばで、新入生にとっては貴重な友達作りの場ともなっているようです。


※注2:"S/C=pass or fail"とは。。。
全米で学生がもっとも幸せな大学といわれるブラウン。その最大の理由は学生が自由に科目を選択して自分の学問を追求できることにあります。この「オープン=カリキュラム」を支えるのが、Pass or Failという成績評価制度です。

一言でいえば、成績がA,B,C,Dなどではなく「可」か「不可」の二つになるということです。アメリカの大学生が最も敏感になっているのは成績です。優秀な成績(高いGPA)で卒業しなければ、就活や大学院への進学にも大きく影響するからです。

ブラウンではしばしばアドバイザーが"Get out of your comfort zone!"(「自分の安全地帯からでなさい!」) といいます。これは、せっかくブラウンという自由な教育環境にいても、成績を気にして苦手な科目に挑戦するのをためらう学生が少なからずいるためです。

そこで、S/Cが導入されました。これを使えば、GPAに影響を与えることなく、単位を取ることができるのです。私も今学期は物理でこれを利用していますが、こうした制度的な裏付けがあって初めて、ブラウンのリベラルアーツはリベラルでありうるのです。
| comments(8) | trackbacks(0) | 09:31 | category: - |
# 冬休みを振り返って
ブラウンの冬休みは、秋学期の期末試験が終わる12月22日から春学期の授業が始まる1月25日までです。


約一月ほどの休暇を学生各自が帰省やインターン、ボランティア、旅行などで過ごします。
学生の間に「何もしない」訳にはいかないという一種の焦りがあって、とにかく予定を詰めようとしています。

これについては学長も過去のスピーチで警鐘を鳴らしていましたが、多くの学生はレジュメ(進学・就職に使う履歴書)をすこしでも見栄えのするものにしようと必死になっている感があります。

私自身、このひと月は日本に帰省していました。
その時の雑感を紹介したいと思います。

<<記事を書きました!>>
留学に関するエッセイを、日本でギャップイヤーの普及を目的とする、財団法人JGAP様のホームページに投稿しました。

要は「なんでブラウンに行くのか?」という問いなのですが、これは当然出願する時と入学時では意味合いが異なります。

自分の心の中に埋もれている留学の意義を、具体的にほかの人に読んでもらえる形で表現するのに苦心しました。
よろしかったら、こちらもご参考ください。


<<留学説明会>>
1月20日に渋谷のアゴス(留学予備校)で行われた留学説明会は目標人数を上回る32人の方にお越しいただき、成功裏に収めることができました。
大学生をターゲットとして、編入留学の方法や、留学してあらたに目を見開かされた経験などをお話ししました。

12月末に急きょ思いつきで企画をはじめ、実際には1月に入ってから宣伝を始めたにも関わらず、多くの方に参加いただき、ご協力を仰いだ方々への感謝の気持ちでいっぱいです。

日本では「編入留学」という選択肢自体があまり知られていませんが、交換留学を目指す大学生も増えている中で、思い切って編入に挑戦してみることは決して無駄ではないと思います。

今後も大学学部留学の普及をめざし、こうした説明会を開催できればと考えています。
現在5月に帰国した際の開催地を募集中です!




<<東北視察>>
isinomaki ship
3.11から早くも一年が経とうとしています。
ブラウン大学では、昨年の震災発生から一週間で100万円以上を現地に支援するなど大学を挙げて日本の復興を応援しています。

学生のほうでも、3.11に際して深刻なダメージを受けた地域で活動されているNPOの方やアメリカの研究者を招いた講演会を企画しています。(運営スタッフは文字通り東奔西走中!!)

というわけで、「被災地を見ずにいいイベントはできない!」という一心で、実際に東北(石巻)に行ってきました。
現地では石巻2.0(http://ishinomaki2.com/)というTED×tohokuにも登場したプロジェクトの方々を紹介していただき、さまざまなお話を伺うことができました。

中でも衝撃的だったのは、「5年かけて震災前に戻っても、10年したら石巻はさびれてなくなってしまう。」という地元の方の言葉でした。

ニュースで東北の話を見るたびに、あれは自然災害だったのだとばかり考えていました。
しかし、東北の復興は、衰退する地方をどのように再建していくのか、という現在の日本全体が抱える問題のごく一部だということに気付かされました。

「小さなマーケットで奪い合いをするのでは、だれも豊かにはならないし、いつかは誰もやりたくなくなってしまう」と水産業者の方が指摘するように、付加価値の高い新しい産業を模索していかなければ、地方の衰退はまぬかれないと何度となく言われました。

産業構造の転換というテーマは、いつまでも「モノづくりの国、日本」でいいのか、という日本全体の問題も内包するので、ブラウン在学中にぜひ一度研究してみたいと思います。

まだ東北の問題は、全然終わってはいない。がれきがなくなって初めて見えてくる、社会的な問題の解決は自分たちの世代に任されているのかもしれません。

ganbare nippon






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# 編入説明会@渋谷
 1月20日、渋谷アゴスジャパンで、アメリカの学部編入に特化した説明会を行います。
簡単な説明の後で、パネルディスカッションと質疑応答もありますので、興味のある方はぜひ足を運んでくだされば幸いです。

学部留学には、高校からの進学、交換留学、編入、ギャップイヤーなど、さまざまなタイプがあります。現役の大学生の皆さんも、ぜひ考えてみてはいかがでしょうか。

申し込みはこちらhttps://www.agos.co.jp/onlineservices/modules/agendax/?op=view&id=2183 

〜世界を舞台に活躍しよう〜

アイビーリーグ校をはじめとするトップスクールの入学基準は非常に高く、高校卒業後フレッシュマンとしての合格率が10%未満と言われています。一旦他の大学に入学し、編入する場合は、わずかな席に出願が殺到するため、更に厳しくなります。

今回のセミナーでは、そのような事情を理解したうえで果敢にチャレンジし、最後まであきらめず見事合格を勝ち取り、アイビーリーグ校のブラウン大学に日本の大学から編入を果たしたアゴス元受講生に体験談をお話しいただきます。日本の大学との違い、アメリカの大学に編入しようと決意したきっかけ、出願プロセス、ブラウン大学の魅力など、秋学期を終えて感じる留学の意義と魅力をたっぷりと語っていただきます。

参加対象:
これから編入や交換留学を考える現役大学1.2年生、将来留学を考えている高校生・大学生の方など、学部留学一般に関心のある方々も大歓迎です。

日時:2012年1月20日(金)19:00-20:30
パネリスト: 熊平 智伸 ブラウン大学 2年

19:00-19:30 「大学編入の基礎知識」
19:30-20:30 「ブラウン大学紹介と学部編入」

パネリストプロフィール:
ブラウン大学 2年 (2年次編入)
慶應義塾大学経済学部 2010/04 〜 2011/09
桐蔭学園高校  2010 卒業

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# 日本と自分
 ブラウンに入学して2か月半、今も毎日が想像したことのない体験の連続です。

このまま学び続ける、学問に限らずに、人間としていかに生きるのか、自分は何者なのか、そうしたことを考えながら謙虚に自分のちいさな世界を広げていこうとしています。

でも、僕には僕にしかできないことがある。

去年、留学を決意したとき、日本ではまだ今ほど留学が社会で取り上げられてはいませんでした
4月にハーバード大学のファウスト学長が来日したさいのスピーチを聞いたときに、ふたつのことに衝撃をうけました。

1.日本人がこない

日本人のプレゼンスの薄さは他のアジア諸国と比べてもかなり異様で、大学としても多様性を確保するために世界有数の大国である日本からの学生は増やす努力をしたい。「日本の学生は内向き」という見出しがちらほら出始めたのはこのスピーチのころであったと記憶しています。


2.学部教育:リベラルアーツの役割

あるハーバード生が質問しました。「ハーバードは世界一の大学だといっても間違いない。ハーバード学部卒の学歴は、就職でも世界一パワフルなはずだ。それなのにアメリカの不況に伴う就職難は自分の周りにも影響している。ハーバードが学部生に与える価値とはなんなのか?」会場はどよめきました。

そのときに学長がおっしゃったのが、"our mission is to provide students with tools to live meaningful lives "(われわれの使命は、学生が有意義な人生を送るためのツールを与えることです)という言葉。つまり、ハーバードのお墨付きは本質的な大学教育の価値ではなく、そこで受けた教育が生徒の人格を高め、才能ある学生一人一人が自分の能力を最大限生かして人生を全うできるような「道具」を授けることにある、ということです。

日本のいわゆる進学校で、有名大学への進学こそがすべてと教わってきた僕には衝撃的でした。教育という意味で大学を見たことはありませんでしたし、それを学長がよどみなく返答しているということに感銘を受けました。


人間としていかにあるべきか、この問いはこれからも心のなかで繰り返すことになると思います。

日本人としてすぐにでも日本社会に貢献したい、中高の恩師に教わった社会的な責務は頭から消えることがありません。

でも、あと一歩粘れば、もっと大きな学びがあるかもしれない。

もっと自分を広げたい。そこからもっと大きな貢献をしたい。

それが今の僕の問題意識です。


※よろしければtwitterのほうにご感想をいただけると励みになります。(tombear1991)

ちかくのRhode Island School of Designの図書館
もと銀行の本店だけあってブラウンよりずっときれい!!
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# ブラウンにいる僕にできること
渡米して2か月がたち、ほかの国々の留学生とも交流する中で、改めて自分の社会的な役割、責務を考える機会が増えてきました。今回は僕の問題意識について書きたいと思います。 

われわれトップ大学の留学生の日本社会に対する役割とはなんなのか?

ただ、外資系の企業で就職しやすいだけでいいのか?海外で自己を鍛え上げるだけではいいのか?勉強するだけでいいのか?一流として名をはせるだけでいいのか? 

僕はそうではないと思います。

 ではブラウンにいる僕に何ができるのか? 情報を発信し、日本から海外への進学を支援し、強固なコミュニティーを組織して、日本をリードしていくことです。

 今僕が認識している日本の課題は大きく2点です。 
1. 海外での日本のプレゼンスのなさ 
こちらの誰もが日本の繊細な文化や精神性、あるいは高度な技術力に尊敬のまなざしを向けています。いまだに世界の技術大国としての名声は衰えていませんし、震災と津波の際の日本人の忍耐強さ、規律は多くの人の感動を呼びました。一方で、日本がその国力やそうした人々の認識に見合ったリーダーシップを世界の中で果たしておらず、そもそも、中国や韓国などと比べて、海外に人がいない。

 2. 制度疲労した社会 
日本のかつての戦後復興のすさまじさは、日本人の潜在的な実力を表すものであると思います。昨今よく指摘される、日本人の「内向き志向」、「ガバナンスのなさ」、「腐敗した政治」、といった問題、これをどうこう問い詰めても問題の解決にはならないと僕は考えます。かつてうまくいった制度が、うまくいかなくなることは、有史以来人間が繰り返し経験してきたことです。時代の変化が社会の変化を生み、昨日の戦略が通用しなくなる。すばらしい成績をのこした戦略が、次第に思わぬところに害を与えて、結果的に状況が悪化する。それが今の日本が、社会として機能不全にあるゆえんではないでしょうか。正直なところ、日本人の本質がどうこうといって、その理由づけをするのは不毛だと感じます。 新しい青写真を描く人が必要なだけではなく、その青写真を社会全体で議論して、共有ビジョンとして社会が参加して変えていくことが求められているように思います。 

では、それを何とかできるのは誰なのか? 
僕たち、海外の優れた教育機関で学ぶ留学生ではないでしょうか?

 この頃、各界で活躍されている方々の中で、海外のMBAなどの修士号を持っておられたり、若いころに日本の外で研鑽をつまれたりした方がおおく見受けられるようになってきました。
日本に多様な視点を持った優秀な人材を提供すること、新たな視点や世界各地で目撃した世界の潮流を日本へ伝え、先導すること、それがわれわれ留学生の責務であると思います。

 「国際的な人材」という国内のレッテルに甘んじるのではなく、われわれが主体的に自分たちの役割を考え、行動を起こすことが求められているのではないでしょうか。 かくも恵まれた教育を享ける者の責務として、実行していきたいと思います。


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